京都地方裁判所 昭和43年(手ワ)131号 判決 1970年5月01日
原告
岸本汎巧
代理人
芦田礼一
被告
川井清行
代理人
前堀政幸
村田敏行
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一下記(一)、(二)、(三)の事実は、当事者間に争がない。
(一) 原告は、被告振出名義の左記約束手形一〇通(金額合計金八〇五万円)を所持している。
(1) 金額 五〇万円
支払期日 昭和四二年一一月三〇日
支払地振出地 京都市
支払場所 京都中央信用金庫円町支店
振出日 昭和四二年九月四日
振出人 山井清行(被告)
(2) 金額 六五万円
支払期日 昭和四二年一二月五日
(3) 金額 一〇〇万円
支払期日 昭和四二年一二月一一日
振出日 昭和四三年一〇月六日
(4) 金額 一〇〇万円
支払期日 昭和四二年一二月五日
振出日 昭和四二年九月四日
(5) 金額 四〇万円
支払期日 昭和四二年一二月二五日
振出日 昭和四二年一〇月五日
(6) 金額 一〇〇万円
支払期日 昭和四三年一月二〇日
振出日 昭和四二年一〇月二九日
(7) 金額 五〇万円
(8) 金額 一〇〇万円
支払期日 昭和四二年一二月一五日
振出日 昭和四二年一〇月二〇日
(9) 金額 一〇〇万円
支払期日 昭和四二年一二月二九日
振出日 昭和四二年一〇月六日
(10) 金額 一〇〇万円
支払期日 昭和四三年一月三〇日
振出日 昭和四二年一〇月二九日
以上(2)ないし(10)につき、その余の手形要件は(1)と同じ
(二) 原告は、訴外松島昭治に対し、本件手形一〇通を拒絶証書作成義務免除の上、裏書譲渡した。
(三) 松島昭治は、本件手形一〇通のうち(1)、(2)、(3)、(8)の四通の手形を支払期日に支払場所に呈示したが、その余の六通の手形を適法の期間内に呈示しなかつた。
二<証拠>によれば、本件手形一〇通を含む被告振出名義の約束手形一七通(金額合計金一、四七五万円)について、被告と手形所持人松島昭治との間に昭和四二年一二月二〇日頃成立した示談契約にもとづいて、同月二八日頃、被告は、松島昭治に対し、右手形金内金三〇〇万円を支払い、内金四〇〇万円については、被告の松島昭治に対する滋賀県草津市南山田町所在の土地売買代金四〇〇万円と相殺し、松島昭治は、被告に対し、右手形金残債務を免除した事実、しかし、松島昭治は、被告に対し、「この約束手形を被告の他の債権者に見せて、自分も二割で泣いたからと言つて、被告の他の債権者と示談してあげる」と言つて、右手形を交付しなかつた事実を認めうる。証人松島昭治、同松島和子の各証言および原告本人の供述のうち、上記認定に反する部分は採用し難い。
三本件手形一〇通のうち(4)、ないし(7)、(9)、(10)の六通の手形につて
約束手形の振出人が、手形を受戻さないで、所持人に対し、手形金の支払をした場合(現実の支払でなく、代物弁済、相殺、所持人による免除の場合も同じ、手形を受戻さなくても、手形債務は消滅し、所持人は無権利者となり、その後に、所持人から期限後裏書により手形の譲渡を受けた者(手続の欠缺による遡求義務消滅後に手形の交付により手形の譲渡を受けた裏書人も同じ)は、手形上の権利を善意取得しえないと解するのが相当であめ。「振出人は、手形を受戻さないで支払つても、期限後裏書により手形の譲渡を受けた者に対抗しえない。」とする反対の見解は採用しえない。
したがつて、原告が支払拒絶証書作成期間経過後の昭和四三年三月、松島昭治から、右六通の手形の譲渡を受けたとしても、被告は、手形上の権利を善意取得しえない。
四本件手形一〇通のうち(1)、(2)、(3)(8)の四通の手形について。
約束手形の振出人が、手形を受戻さないで、所持人に対し手形金の支払をした場合(現実の支払でなく、代物弁済、相殺、所持人による免除の場合も同じ)、その後に、裏書人が所持人に対し遡求金額を支払つて、手形を受戻したとき、遡求義務者は手形法上挙証責任負担の下に支払を強制される地位にあるから、手形法第四〇条第三項を準用し、右裏書人は、手形法第四〇条第三項にいう「悪意又は重大なる過失」のないかぎり、振出人に対し再遡求金額を請求しうると解するのが相当である。
手形法第四〇条第三項にいう「悪意」とは、「所持人の無権利であることと所持人の無権利を容易かつ確実に証明しうることとを知つていること」であり、「重大なる過失」とは、「所持人の無権利であることと所持人の無権利を容易かつ確実に証明しうることとを知らなかつたこと(所持人の無権利を知つていたときは、所持人の無権利を容易かつ確実に証明しうることを知らなかつたこと)についての重大なる過失である、と解するのが相当である。
前記各証拠によれば、原告は、被告と松島昭治との間に成立した前記示談契約の交渉の段階から、現金支払の最終段階にいたるまで、終始同席し、本件手形債務消滅の事実を十分認識し、前記示談契約成立の際、被告と松島昭治は、右示談契約の概要を記載したおぼえ書(乙第一号証)を取りかわしたが、原告は、右おぼえ書に立会人として署名捺印している、事実を認めうる。<証拠>のうち、上記認定に反する部分は採用し難い。
右認定事実によれば、原告は、昭和四三年三月当時、松島昭治が無権利者であることを知つていただけでなく、松島昭治の無権利を容易かつ確実に証明しうることを知つていた。すなわち、手形法第四〇条第三項にいう「悪意」であつた、と認めるのが相当である。
したがつて、原告が、昭和四三年三月、松島昭治に対し遡求金額を支払つて、右四通の手形を受戻したとしても、原告は、被告に対し再遡求金額を請求しえない。
五よつて、原告の本訴請求は、その余の争点について判断をするまでもなく、失当として、これを棄却し、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。(小西勝)